志貴がネロ・カオスの混沌に呑み込まれ、リィゾがエンハウンスの剣に貫かれたのと同時刻、

『!!!』

『七夫人』とレンは同時に異様な胸騒ぎに襲われた。

「・・・姉さん」

「今感じた?翡翠ちゃん?」

「うん、もしかして志貴ちゃんに何か・・・」

「姉さん?」

「ひょっとして志貴君とリィゾに??」

琥珀、翡翠、アルクェイド、アルトルージュは胸騒ぎに嫌な予感を覚え、

「志貴!!聞こえますか!!応答して下さい!志貴!!」

シオンは必死に無線で通信を取ろうと躍起になり、

「「「「・・・」」」」

秋葉達はそれを心配そうに見やっていた。

だが、そんな中で志貴は無事だと確信を抱く者もいた。

「大丈夫よ。志貴は」

「ええ志貴君はこの程度で死ぬほどやわな修羅場を潜っていませんよ。アーパー吸血鬼姉妹」

志貴の姉代わりを自認する青子とエレイシアだった。

二十八『冥府』

その頃、呑み込まれた志貴は周囲を埋め尽くす混沌に骨まで食い尽くされて・・・いなかった。

(くっ!!)

殺気の方角に咄嗟に『聖盾・玄武』をかざす。

その途端、豪雨の様に爪や牙が盾を叩く。

だが、当然だが、傷等付けられる訳もない。

だが、当然左右や真後ろはがら空きになるのは当然の事、無数の殺気が殺到してくる。

それを体術でかわし、時には『七ツ夜』で切り裂くがそれも限界がある。

「ぐっ!!」

背中に突き刺さすような激痛が走る。

おそらく嘴で突かれたのだろう。

既に志貴の全身は爪や牙、嘴で切りつけられ、噛み付かれ、突かれた事による傷で覆われていた。

それでも全て軽傷、戦闘には支障は無い。

ただしあくまでも現状ではと言うものである。

軽傷であっても数がまとまればその影響はバカにならないし、何より出血量も人間の致死量に達する。

そして周囲は隙あらばと牙をむく混沌の群れ。

すなわち状況は絶望的いつ死に至ってもおかしくない。

だが、志貴には諦めはない。

だが、それはアルクェイド達が助けに来てくれるという期待からではない。

志貴にはどうしてもこの状況に絶望も死の恐怖も感じる事は出来なかった。

昔からだった。

志貴には本当の意味での死の恐怖という感情が著しく欠如していた。

死徒に囲まれても思考林での突破戦でもそれを心の底から感じる事が出来なかった。

だが、志貴が今日まで生き延びてきたのは、幼い頃からのたゆまない鍛錬と死の恐怖の欠如にあった。

鍛錬を怠らなかったからこそ、死徒と対等の戦闘能力を身につける事が出来たのだし、死の恐怖が無かったからこそ、幾多の死線においても必要以上に肩に力を入れる事無く自然体で潜り抜け、戦いに勝利を収める事が出来た。

では、一体何時から感じなくなったのだろうかと志貴は時折自問する。

その答えは決まって『わからない』だった。

そして混沌に囲まれて志貴は再度自問する。

(一体何時からだろう?死の恐怖が俺に乏しくなったのは・・・)

答えはまた『わからない』だろうと志貴本人も思っていた。

だが、今回は違った。

周囲の風景に触発されたように、自身の奥底に強引に押し込めた記憶が眼を覚ます。

(これは・・・なんだ???)

志貴には訳がわからなかった。

自身の脳裏にこれと良く似た風景が広がる。

いや、風景と呼んで良いものなのだろうか。

視界に無限に広がる闇、その奥底で蠢く何か。

記憶の中ですら生々しく蘇る死の空気。

この混沌の中と似通っている様に見えるが、質が違いすぎる。

混沌の中が圧倒的な死と恐怖に彩られた地獄ならば、今記憶に広がる風景に抱くのは死の実感よりも絶対的な無力感に、圧倒的な恐怖よりもこれは畏怖を与える。

まるで地獄の奥底までに落とされたかのような感覚。

人間だろうが二十七祖だろうがこの風景の前においては皆等しくちっぽけな虫けら。

これを見た後であれば、この混沌等比べるのが馬鹿馬鹿しいほど児戯に見える。

(そうか・・・俺はこれを見たんだ)

確かにこんなものを見てしまえばもう、死の恐怖等感じる事は出来ない。

(だが、何時?何時俺はこれを見た??)

新たな疑問にも志貴は容易くその答えを見出した。

(そうだ。俺はお師匠様の所に行く途中これを見たんだ)

眼を覚ました記憶はその前後の記憶をも蘇らせる。

かつて根源に到達し『陰』と出会う寸前幼かった志貴はこれを見た。

その余りの恐怖ゆえに志貴はその記憶を自身の奥底に押し込み封じ込めた。

当時の志貴が無意識に行った自衛手段だったのだろう。

それは正しかった。

記憶を封じても死の恐怖を欠如するという志貴の精神に大きな傷を残したのだから、実際に覚えていればどうなったか。

もしこんな記憶を覚えていれば、この記憶は志貴自身を苦しめ、まだ幼かった志貴の心は壊れ、狂気に堕ちていただろう。

そして・・・その記憶は志貴の魂にまで刻み込まれた一文を志貴の口から紡がせる事になった。









深々と貫いたダインスレフからリィゾの血がとめどなくあふれ出る。

「ここまでだな黒騎士。とっととくたばりやがれ!!」

エンハウンスが引き抜き、そこから首を刎ねようとした時、リィゾの右手がダインスレフを握るエンハウンスの左手首を渾身の力を込めて握り締める。

「なっ!!て、手前、離せ!離しやがれ!!」

必死に暴れ振りほどこうとするが、リィゾの右手はびくともせず、全く動く気配は無い。

そうこうしている内に、『時の呪い』によってリィゾの傷は修復、ダインスレフもリィゾの肉体と完全に癒着してしまった。

そうなればもう、容易くは引き抜けない。

それを見計らったように、『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』を振りかぶると、そのまま、エンハウンスの左手首を切断した。

つい三十秒前までリィゾの血を吸い込んだ大地に今度はエンハウンスの血が降り注ぐ。

「ぐ、がああああああ!!」

絶叫を上げながら数歩後ずさるエンハウンス。

それを見て更に追撃を仕掛けようとしたリィゾだったが、全身から力が抜け落ち膝を屈する。

「これ・・・は・・・」

見れば自身の胸部に突き刺さったダインスレフからリィゾの身体が少しずつ崩壊を始めている。

ダインスレフの隠された能力『英雄殺し』が牙を剥き始めた。

これはリィゾにも僅かなのか英雄の属性を併せ持っていた事を意味していた。

幸い『時の呪い』と完全に拮抗しているらしく、その影響はまだ小さいがこのまま突き刺さったままでは、危険な状況となるのは想像に難しくない。

何しろ崩壊がまだ僅かだと言うにも関わらず、リィゾは全身から力が抜けていくのを嫌でも察していたのだから。

そうこうしているうちに、体勢を立て直したエンハウンスが未だ健在な右手に銃を構え、既にリィゾの眉間に標準を合わせていた。

「っ!!」

「くっ・・・やってくれたな。まさか手前の身体を貫かせてダインスレフを封じ込めるとは思いもよらなかったぜ・・・」

そう言いながら憎憎しげに表情をゆがめる。

「だが・・・失敗したようだな。ダインスレフに嫌われたようだな貴様」

「ああ・・・生憎とな」

「もう逃がさねえ。まずは手前の脳天を吹き飛ばしてからダインスレフを回収して今度こそ貴様の首を取ってやる」

そう言い、その照準は僅かのずれもぶれも無い。

「あばよ」

「くっ・・・無念」

そんな台詞が交差する中銃声が周囲に木霊した。









「ぬ・・・思っていたよりも手間取るな」

その頃、志貴の呑みこんだ混沌を前にネロ・カオスが一人、呟いていた。

予想ならとっくの昔に志貴は骨すら混沌に食い尽くされこの地に存在した残滓すら残せない筈だったが、未だに混沌は志貴を食らい尽くすべく、蠢動を繰り返している。

「だが、放置しても大差無しか・・・まもなく奴も食い尽くされよう、次は真祖の姫の元に向うか」

そう言って、踵を返そうとした時、

―ロック―

どこからとも無く聞こえた声と共に、自身の周囲が封鎖された。

「ぬ??」

思わぬ事に戸惑う。

そんなネロ・カオスを尻目に混沌の中から朗々と声が聞こえる。

「・・・・・・・・(我は問う、死とはなんぞや)」

「・・・・・・・・(汝答える、死とは恐怖なり・・・否)」

「・・・・・・・・(我は問う、死とはなんぞや)」

「・・・・・・・・(汝答える、死とは孤独なり・・・否)」

「・・・・・・・・(汝再び答える、死とは無なり・・・否)」

「・・・・・・・・(汝問う、では死とはなんぞや)」

「・・・・・・・・(我答える、死とは恐怖にあらず安楽への道なり)」

「・・・・・・・・(我答える、死とは孤独にあらず、数多くの同胞と共にある道なり)」

「・・・・・・・・(我答える、死とは無にあらず、終わりの始まりにして、始まりの終わりの事なり)」

「・・・・・・・・(故に我宣言する、死に怯え、死を恐れ、死に逃げし愚者に我らその姿を晒そう)」

「・・・・・・・・(死神は死を受け入れた者には情をかけるが、死より逃げし者に情は無く容赦なく)」

「・・・・・・・・パラダイス・オブ・プルートゥ死神達の楽園に愚者共を引きずり込もう)」

最後の一文が紡がれた時、封鎖された空間は完全にその姿を変えた。

志貴を呑み込んだ混沌を中心として重い闇の世界に変える。

周囲が『封印の闇』で太陽の光等ささない闇の筈なのに、そちらの方がまだ温かみのある空間と思えるほどの重く押し潰されそうな闇の世界に一変した。

いや、現にこの空気に押し潰されようとしていたものもいた。

「!!」

今まで動じる事のなかったネロ・カオスの表情が始めて動揺するかのように揺れた。

自身の体内に宿る混沌の内、力の弱い混沌が悲鳴を上げ始める。

悲鳴は直ぐに断末魔に変貌した。

巨大な力によって押し潰された様に、原型を留める事無く圧縮された。

その事態は力の弱い混沌だけではなく、力の強い混沌も上からの圧力に耐える様に渾身の力でこらえる。

いや、それはネロ・カオス本人もそうだった。

全身を大きな力で押さえつけられ動きすら鈍くなる。

そして、志貴を呑み込んでいた混沌も例外は無かった。

声にならない悲鳴を上げ圧殺され、志貴を覆っていた混沌の密度は恐ろしい速度で薄れてゆき、混沌全てが全滅するのにさして時間は掛からなかった。

「なんだ・・・これは・・・」

ネロ・カオスの呆然とした声にゆっくりと混沌の残骸から這い出す様に立ち上がる志貴の声が答えた。

「・・・俺はこれを『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』と呼んでいる。今だけここは冥府の一角、術者である俺以外の生存は一切許さない・・・最も使ったのは初めて・・・というか、つい今思い出したんだけどな」

全身を華々しく傷で覆われ、流れる血で真っ赤になったと錯覚させるほど紅く染まりながら志貴の声には苦笑の色がある。

「俺の・・・固有結界なんだろうなきっと、さして俺に負担は無いが、範囲が狭いからだろう」

ネロ・カオスが賢明にこの圧力に耐えているというのに肝心の志貴はさして苦痛に感じている訳でもない、平然としている。

だが、志貴の発言は固有結界の何たるかを知らぬ者の発言、もしこれをゼルレッチが見れば言下に志貴の言葉を否定してのけただろう。

固有結界は自身の心象世界を具現化させる大禁呪。

範囲が広かろうと狭かろうと現実世界を侵食させている以上、世界はその修正により固有結界を破壊し正常に戻そうとする。

そうさせぬ為にも魔力を常時使い、結界を維持する。

そこに結界の範囲など関係は無い。

固有結界を展開した以上、維持には膨大な魔力の負担が掛かる。

だが、志貴一人を叱責するのは酷な話である。

『千年城』での修行時代、魔術に関する教示を受けていたが、魔術の才が無いと判ってからは魔術関連は基礎のみでそれ以上は受けていなかった。

それ故に固有結界に関する知識も中途半端な代物だった。

事実、この事を知ったゼルレッチは実際にこの『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』を見て固有結界では無いと断じ、メディアの口からこれは『固有世界』だと言う事を知る事になる。

「ぬうう・・・何をしたか知らぬが・・・無駄な足掻きと知れ!」

そう言うや自身の混沌を再び外に呼び出す。

現れたのは志貴の身の丈と同じ位の虎だった。

「無駄な足掻きか・・・それはどっちかな?」

だが、それも志貴の呟きの通り、無残な事になる。

一歩歩くだけで虎は四肢を折り、直ぐに地面に押し付けられ、短い断末魔をあげた後に押し潰された。

次に鹿を更には志貴の見た事のない異界の生物まで現れるが結果はどれも同じ、次々と押し潰され、無残な残骸だけが残される。

「なんだ・・・貴様この空間は何だ!一体これは何だというのだ!!」

自身の理解の範疇を完全に超えたらしく、ネロ・カオスに先程までの余裕に満ちた表情は消え失せた。

その代わり、憤怒の感情を過不足無く前面に押し出し、志貴に吼える様に問い質す。。

それに対して志貴はと言えば

「・・・・・・」

ただ無言を貫いていた。

だが、これは嘲りや優越感の無言ではない。

志貴自身どう答えればいいか判らなかったが故の無言だった。

何しろこの空間『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』については先程思い出したばかりで、これは何だと問われても詳しい事等何も判らないのだ。

更に、思い出した事もどれほどあるかと問われればそれほど多くは無い。

幼い頃あの景色を見て、そこで魂に刻まれた詠唱を唱え、(おそらく)固有結界を具現化させた。

空間を封鎖したのもこの空間は敵味方関係なく影響を与えるから。

そう、術者である志貴を除けば味方であっても地獄の底に引きずり込む。

例えそれが『七夫人』の誰かであってもそんな事は関係無しに巻き込む。

アルクェイド、アルトルージュはともかくとして他の『五夫人』にこれが耐えられるとはとても思えない。

術者である志貴ですら判る事はこれだけに過ぎない。

そのような中途半端な説明をした所でネロ・カオスの逆鱗に触れる事は火を見るよりも明らか。

それ故に無言を貫いていた。

だが、話そうとも話さなくと志貴の態度はネロ・カオスの逆鱗に触れる運命のようだった。

「ぐうううううううう!!」

全身を震わせ怒りに燃える。

「その余裕・・・消してやろう・・・あ・・・が・・・がああああああ!!」

突然ネロ・カオスの体が倍に膨れ上がり、ただでさえ異形だった自身の肉体を更に異形に変える。

そしてそのまま志貴目掛けて体当たりを仕掛ける。

攻撃方法は単純だが、異形と言うより、一匹の獣と化したネロ・カオスには自身の身体能力を最大限生かすのにこれほど最適な攻撃方法は無い。

だが、それも全てが万全であればの話である。

動き出したネロ・カオスの身体が、巨人の手で押さえつけられる様に膝を折り、大地に跪く。

このまま、大地に押し付けられ原形を留める事無く圧壊されるかと思われたが、やはり二十七祖、この程度で屈するほど柔ではなかった。

「ぐおおおおおおおおお!!」

まさしく獣のような咆哮を上げると再度志貴目掛けて突進する。

しかし、ネロ・カオスの身体は至る所が、巨大な力で押し付けられた事によって押し潰され、甚大なダメージを受けた事が嫌でもわかる。

そして、志貴も真っ向から来たネロ・カオスを真っ向から受け止めるようなバカ正直でもなかった。

いつもの様に紙一重でかわし後方に回り込む。

そして、いつもの様に志貴は自分の眼で捕えたネロ・カオスの死点を何のミスも無く貫いた。

「!!・・・貴様・・・は・・・一体・・・何だ」

最後にそう呟きネロ・カオスは崩壊し、ただの灰となった。

「・・・」

無言のまま志貴は『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』を解除し、封鎖を解く。

「何だ・・・か・・・」

ネロ・カオスは末期に志貴を『何者だ』と言わず、『何だ』と言った。

「何だと言われてもな・・・俺は七夜志貴、七夜の暗殺者としか言えないんだがな・・・」

一人そう呟いた志貴だったが、その呟きに自分で何か引っかかった。

「なんだ?今の違和感・・・」

だが、志貴にはその違和感を解明する時間は与えられなかった。

志貴が携帯し、あの死闘の最中、奇跡的に破壊を免れた無線機から

『・・・い!!、志貴!!応答して下さい!!・・・お願い・・・志貴、応答して・・・・』

半分泣き声になったシオンの声が聞こえる。

先程まで、と言うか混沌に呑み込まれていた時と『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』を展開していた時は全く聞こえなかった。

「電波が遮断されるのか??今まで聞こえなかったが・・・それよりも、こちら志貴・・・シオンどうした、シオン??」

『し、志貴、志貴なんですか!!無事なんですか!!』

志貴が応答すると先程までとは一転して喜色を前面に出したシオンの声にバックから秋葉達の歓声が聞こえる。

「あ、ああ・・・悪い、連絡が遅れて、ネロ・カオスと遭遇戦に入っていた。一旦そっちに戻る」

さすがにこの状態で戦闘継続は困難だろうと判断し怪我の手当ての為に後方に戻ると伝えた。

ただ、重傷だという事をうっかり失念して報告し忘れた為、合流した時全身傷だらけ、血まみれの志貴を見て、琥珀、翡翠、さつきは卒倒し、シオン、秋葉は何故こんな重傷を黙っていたのかと怒号を上げながらつたない手つきで手当てを初める事になる。

最も、終わった時名実共にミイラ男と化した志貴を見てエレイシアが苦笑して改めて治療に当たる事になったのだが。

そしてアルクェイド、アルトルージュはと言えば、この時現地にいなかった。

アルクェイドは姉を慰めるのに精一杯で、アルトルージュはただ泣きじゃくっていた。

リィゾの戦死をその眼で見てしまったのだから・・・









魔弾が銃口から射出された時、リィゾはこれまでと覚悟を決めていた。

だからこそ、次の瞬間の魔弾の軌道を正直信じる事が出来なかった。

射出された二発の魔弾は全ての物理の法則を無視して大きく歪曲しリィゾを掠める事無く左右にカーブを取る。

「な・・・」

「・・・んだと??」

思わずリィゾ、エンハウンスの二人が同じ言葉を繋げる形で呟いた。

そして次の瞬間、左右に分かれた魔弾は一発はエンハウンスのこめかみを左から右に、もう一発は後頭部から眉間をそれぞれ十字を切る様に貫通した。

二人は知る由も無かったがこれは魔弾が持つ最悪の能力、数発のみ所有者の意思に反し、自身もしくは自身の大切とする人を狙いに定める。

そしてこの時エンハウンスには大切に思う人などいなかったし、仮にいたとしても今現地にはいなかった。

それ故に、魔弾はエンハウンスに狙いを定めた。

思わぬ事に銃を手放し身体を大きくぐらつかせるエンハウンス。

一方、リィゾはこれが最後のチャンスとばかりに最後の力を振り絞り、『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』

を振りかぶりエンハウンスを脳天から一刀両断する。

「がっ・・・て、め、え・・・も」

だが、エンハウンスも銃を捨てるや突き刺さったダインスレフを掴みそこから切り裂く。

リィゾがエンハウンスを真っ二つにしたのと、エンハウンスがリィゾを切り裂いたのは、ほぼ同時だった。

完全な相討ちだった。

そのまま、エンハウンスは倒れ、灰となりそして消滅した。

リィゾもその場にうずくまるが、彼には『時の呪い』がある。

ダインスレフも抜け落ち、修復を阻むものは存在していない。

このままこの傷は修復するかと思われた。

だが、リィゾの傷は何時まで経っても修復する事は無く、むしろ身体の崩壊は進む一方だった。

「・・・英雄殺しか・・・」

英雄殺しの毒は『時の呪い』をも打ち破り、リィゾの身体をもはや修復不可能なほどにまで冒していた。

「ここまでか・・・姫様、お許しを・・・どうやら貴女との契約、ここで破る事になるようです・・・フィナ、プライミッツ、姫様を頼むぞ・・・」

既に崩壊は全身に回り、手の付けられようの無い状態だった。

「志貴・・・姫様を必ずや幸福にしろ・・・不幸とするのならば私は地獄の底から這い出てでもお前を殺すぞ・・・」

かなり物騒な言葉を吐くリィゾのもはや掠れた視界に誰か来るのを察した。

「リィゾ!」

もはや聴覚も崩壊し、何も聞こえない筈だった。

だがそれでもリィゾには自分を呼ぶ主の声をはっきり聞いた。

「姫様・・・お別れでございます・・・お許しを・・・」

最後にそう呟くとリィゾの体は完全に崩壊し、エンハウンスと同じ様に灰となって風に乗って散った。

死徒二十七祖第六位リィゾ・バール・シュトラウトの最期だった。

後にはリィゾの『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』、エンハウンスのダインスレフがそれぞれの墓標の如く、大地に突き刺さり、エンハウンスの銃はダインスレフの傍らに転がり、そして目の前で自身の忠臣を失い泣く『黒の夫人』とそれをぎこちないながらも懸命に慰める『白の夫人』が残されるのみだった。









イスタンブール防衛戦は『六王権』軍の壊滅で幕を閉じた。

指揮官であるエンハウンス、ネロ・カオスを失い、効率的に指示を送る者も、撤退を命じる者もいなくなり、残された死徒や死者達はただ闇雲にイスタンブール目指し突進しては重厚な防衛網に阻まれ続けた結果だった。

だが、志貴達もリィゾと言う戦力を永久に失い、更に志貴自身も負傷した事により無条件に喜ぶわけには行かなかった。

それでも全体としては被害も軽微であったのは救いと言うべきかも知れない。

すぐさま、イスタンブールはエレイシアの提案で魔道要塞化工事を急ピッチで行われる事になった。

志貴達は一旦日本に帰り、戦いの疲れ癒す為と志貴自身の傷の手当て(最も、数は多いが全て軽傷であるし、出血は止まっているので慌てる必要はもう無い)に時間を費やす筈だった。

しかし、ゼルレッチから入った連絡により、志貴達は一旦ロンドンに向う事になった。

曰く『ロンドンにて『影』出現、更に士郎も現れて『影』との間で戦闘状態に突入、『影』を撤退させたが、士郎も意識不明の重体に陥った』と・・・

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